勝ち負けにこだわる思考は人を不幸にする

勝ち負けにこだわる思考は人を不幸にする

 本来人生に勝ち負けはないはず。

自分が少しばかり成功者の部類に入っているからと言って、低所得労働者をバカにしたり貧困層を哀れな目で見たりすることは愚かなことである。

人生のシナリオは人の数だけある

人には生まれた場所、今生きている環境でも幸せを感じることができれば成功者だ。夢があってもなくても、今笑える人が最強だ。そういった人たちを哀れみの目で見る人たちには何か違和感を覚える。

確かに経済的な富は魅力的ではあるが、経済的な富が人生の幸せを決めるわけではない。人間本来無一物。無一物で生まれ無一物で死んで行く。そこに人の格差など無いなのだ。

人生の価値は自分自身で決めることができる。自分と他人を比べて悲観することも馬鹿げているし、逆に自分と他人を比較して優越感に浸ることなどは最も愚かなことだ。

勝ち負けに囚われている人たち

そもそも他人の人生を勝った負けたと決めること自体おかしい。バブル後期の「勝ち組」「負け組」などとマスコミや社会に思考を汚染された老害のように感じる。そういう思考は時代遅れすぎだし格好悪い。

 

自分を負け組と思い込んでいる人

自分を負け組と思い込んでいる人は、自分と他人を比較して人を羨ましく思ったり、自分を卑下してカタストロフィーに浸って少し感傷的な気分を味わっているだけだ。今すぐそういう考えを捨てよう。自分と他人を比較しても無意味だ。

人は皆、一人では生きていけない。

「自分一人では今の現状はなかった。たくさんの人の協力があってこそ今の自分がある」

何かを成し遂げた人ほどそう思うのではないだろうか。

 

最近ボランティア捜索で2歳児を助けたカリスマボランティアと呼ばれている尾畠春夫さんは「今まで鮮魚店を営んでこれたのは買ってくれたお客さんがいたからこそだ」と言う。恩返しをするためにボランティアで人助けをしていると言う。ボランティアをすることだけが素晴らしいことでは無いが、小畠さんの精神は素晴らしいものがある。これこそ利他の精神というものだ。

 

人間、一人でできることなんてたかだか知れている。たくさんの人が支えてくれているからこそ今生きていられるのだ。

 

利己的な考えで生きている人はまだまだ多いような気がする。

利他的に生きることこそ正しい人生だ、などと豪語する気は無いが、俺は利他的に生きること、少なくとも他人を傷つけるような事をしないようになって、随分と楽に生きれるようになった。

楽観主義で生きると人生は明るいし楽しい。

 

俺はダライ・ラマ法王の話を聞いたり本を読むようになって随分と生きづらさから脱却できた。勉強し始めた頃はなかなか利他的な考えができずに悩むことも多かったが、今は随分楽になった。 

楽観主義でいこう

この本は英語学習用に作られているが、スピーチのCDもありダライ・ラマ法王の教えがシンプルにわかりやすく語られている。俺の聖地巡りの趣味もダライ・ラマ法王の教えに深く傾向した時期があったからこそです。

ダライ・ラマ英語スピーチ集 ― Be Optimistic! 楽観主義て?いこう!

ダライ・ラマ英語スピーチ集 ― Be Optimistic! 楽観主義て?いこう!