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深夜レストラン「先輩と一緒に寝た話」|短編

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深夜レストラン「先輩と一緒に寝た話」|短編

 

「おはよう」

 

ある日突然、ユイ先輩がオレの働く深夜レストランに顔を出した。先輩に会うのは1年ぶりぐらいだった。

 

「先輩、久しぶりっす」
「近くまで来たからね」

 

「おはよう」と挨拶したり、一緒に過ごす時間が多くなったり、そんな何気ない日常の中に恋のはじまりは隠れている気がする。

 

ユイ先輩は一つ年上の深夜レストランの先輩で、美人タイプではなかったけど、目と口が大きくて笑うと可愛かった。今は辞めて昼の仕事と掛け持ちして、夜の仕事も少ししているらしかった。

 

ある日いつものように「おはようございます」と挨拶をした時、ユイ先輩の目が潤んでいるように見えて、オレは一瞬ドキリとした。その日を境にオレの想いはどうしようもなく日に日に増していった。

休みの日が合えば時々一緒に遊んだりもしたけど、ただの先輩後輩。それ以上の関係になる雰囲気はなかった。というか、オレに告白する勇気がなかっただけなのだ。

優柔不断でまわりに流されやすい性格なのも自覚している。結局、先輩は突然店を辞めてしまって、オレは何も伝えられないままだった。

 

 

ユイ先輩の突然の訪問にスタッフのみんなは喜んでいた。仕事もそろそろ終わる時間だったので、バイト仲間の女の子のヨウコとユイ先輩とオレとで呑みに行くことになった。なんだか妙な組み合わせだったけどとにかくうれしかった。

先輩がバイトしていた時からよく大型チェーン店の居酒屋を利用していた。とにかく安く呑んで食べて楽しくすごせれば満足だった。

 

仕事の後の酒はいつもうまい。

そして仲間と飲む酒は本当にうまい。しかし女の子のおしゃべりはほんとによく続くものだ。おしゃべりな上に輪をかけておしゃべりなヨウコは、仕事の愚痴や好きなドラマや俳優の話なんかを延々喋っていて、オレはその会話をずっと微笑みながら聞いていた。オレが告白できないのはおしゃべりのヨウコのせいじゃないかと思った。

オレはひたすら呑んで、知らない間にかなり酔いがまわってしまっていた。楽しい時間はあっという間に過ぎ、もうとっくに終電を逃していた。

 

「みんなどうする?あれだったらもうちょっと呑んだら私んち行こうか」

とユイ先輩が言った。

 

もちろん3人で行くことになったのだがオレはドキドキしていた。どんな部屋だろうかと期待は膨らんだ。3人でタクシーに乗り込み、大塚にあるユイ先輩の部屋へと向かった。

 

アパートの2階への階段を上ってすぐのところにユイ先輩の部屋があった。特に無駄なものはなくスッキリとした部屋で、ベッドの側にジェームス・ディーンのポスターが飾ってあった。

ユイ先輩はジェームス・ディーンのような人がタイプなのか。オレにはほど遠い。好きだといっていたサザンのCDもたくさんあった。そしてその近くにユイ先輩がバイトを辞めた時にオレが贈ったカセットテープが飾ってあった。

 

オレの好きな曲をたくさん入れた。ブルーハーツの「ラブレター」、RCサクセションの「スローバラード」、一緒に映画を観に行ったテンプテーションズの「マイガール」、レイ・チャールズが歌った「いとしのエリー」も忘れずに入れた。ジャケットは雑誌の切り抜きやタイトルの文字を切り貼りしてコラージュして手作りした。大事にしてくれてたのがわかって嬉しくなった。

 

「私はここに寝るー」


 とヨウコは勝手にユイ先輩のベッドを占領してしまった。


「誰の家なんだよ。しょうがないなー」(笑)


 ユイ先輩は苦笑いをしながら押し入れから一枚の毛布を出してきた。


「ごめんねー、一枚しかないんだ」


 ユイ先輩はオレを見て「クスッ」と笑った。

 

それからオレとユイ先輩は天井あたりを眺めてしばらくボッとしていたが、一緒に毛布にくるまった。すぐ横にユイ先輩の顔がある。とてもやさしく目を閉じている。そしてゆっくり目を開けた。

 

「大丈夫?寝れる?」
 

そう言ってユイ先輩はオレを見つめた。

 

もちろん大丈夫なわけがなかった。どうすればいいんだろう、この状況。絶好のチャンスだけど、すぐ横ではヨウコがベッドで眠っていた。ユイ先輩がこんなに近くにいるのにとっても遠くてに感じた。

 

かなり呑んでしまったのもあって徐々に瞼が重くなっていつのまにか眠ってしまった。

 

バチバチバチバチ

 

打ち付けるような雨の音で目が覚めた。部屋にはヨウコもユイ先輩もいないようだった。まだぼんやりとした頭を左右に振って頭を起動しようとしたけど、逆に気持ち悪くなった。

 

「ヨウコのやつ、夜中に帰っちゃったみたい」

 

キッチンの方からユイ先輩が現れた。

 

「今、ご飯作ってるから顔洗っておいでよ。買い物行ってないから、こんなもんしかなかったけど」

 

ナポリタンと大きめのコップに入ったコーヒー牛乳。

 

温かいナポリタンは疲れ切った胃袋にやさしかった。なによりユイ先輩のが作ってくれたものを食べられることが嬉しかった。コーヒー牛乳のやわらかな味が体中に染みた。

 

コーヒー牛乳がこんなにうまい事に驚いた。

 

「こんなにうまいコーヒー牛乳飲んだの、はじめてっす」
 

ユイ先輩は「クスッ」とうれしそうに笑ってこういった。


「コーヒー牛乳、大好きなんだ。うまいよね」

 

テレビでは最近注目されている若手俳優が初キスシーンを演じるとかで「キスシーンはどうでしたか?」というインタビュアーの質問に「歯を丁寧に二回磨きました」と照れながら答えていた。そして若手俳優と女優が抱き合う撮影シーンがいくつか流れた。

オレは体が熱くなってコーヒー牛乳を飲み干した。二人の間に変な空気が流れて、しばらく沈黙のままだった。

 

先に口を開いたのはユイ先輩だった。


「あのさ、来月、田舎に帰るんだ」
 オレは返す言葉が見つからなかった。


「東京はもういいやって感じ。なんか、いろいろね」
「先輩、あの俺…」


「ずっと待ってたんだ」
「えっ?」
「でももういいんだ。私、帰るって決めたから」

 

「待ってた」って聞こえた気がしたけど気のせいのような気もした。それよりユイ先輩が「田舎に帰る」と決めていることだけはハッキリわかった。雨が打ち付ける窓を眺めながら、結局どうすることもできない自分に嫌気がさした。返す言葉が見つからなくて、またしばらくテレビを眺めてた。

 

「あの、俺、そろそろ帰りますね」


 そう言って靴を履いてドアを開けた。

 

「あ、傘は?」


「いいです、駅まで走っていきますから」


「バカ」


「え?なんでっすか?」


「傘、また返しに来てよ」


ユイ先輩はオレを見て「クスッ」と笑った。

オレはゆっくり階段を下りて、そして雨の中を女物の傘を差してニヤニヤしながら駅に向かった。

 

傘、また返しにきます。

 

 

*フィクションです。

 

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